科学哲学会二日目

続き。
なんやかんやで、会場に着くのがやたらと遅くなる。すると、ちょうど都立のOさんの発表の後。id:georgとYさんという数学の哲学コンビがそれについて熱心に議論しているので聞いているふりをする(まじめに聞きたくても、知識がないので詳細が分からない)。その横で、Oさんが首大のM先生からひたすら質問を受けている(褒めていたのでダメ出しではなさそうだった)。

最後にひとつだけ発表を聞くことにする。Evansに対する批判的検討。内容は、うーん、書くのが難しいな。僕の個人的感想は、Evansの議論は対象依存的思想を擁護するというポイントがあるので、それを無視して論じるのはどうだろう、てな感じ。Aさんなら、「哲学が足りない」とか言いそうだと思った。発表の後で都立のAさんや東大のKさんと話をした結果、間違ったことを言ってないけれどもちょっと表面的すぎ、みたいな結論に落ち着いた(と思う)。ちなみに、I先生は質問もしていたし、この発表を結構高く評価していた(もちろん結論部分はまだまだなんだけれど)。

昼は昨日のイタリアレストラン(ファミレスと言うべきか)に行く。というか、昨日手袋を忘れたことに気がついたので、その店に行くことをプッシュした(笑)。行ってみたら、ちゃんと僕の顔を覚えてくれていて、忘れ物の話を切り出してきた。こういうところが昨日感銘を受けたところだ。はっきり言って、料理には特に見るべきところはないんだけれど(もっともランチしか頼んでないけど)、こういう店にはまた行きたいと思う。

たまたま昨日一緒だったSさんとYさんがこの日も近くに座ったので、この年代の定番ネタ、就職は大変だねえという話しを(また)する。そのときに特に他意も無く「もうウィトゲンシュタインやってて就職なんて無理だよね」なんて言うと、元東大の(現所属を書くとほとんど隠している意味がないのでこうしておく)Kさんから名前を呼ばれる。なんだろうと思うと、ウィトゲンシュタインが専門のM先輩が隣のテーブルにいた…。口は災いの元というのを実感する。

Mさんは気のいい人なので、そんなところで機嫌を悪くしたりしない。けれど、こっちが申し訳ない気分になったので、Mさんのテーブルに行っていろいろ話す。Mさんとこれだけ話したのは久しぶり、いや、これまででも一番かもしれない。いろんな話、特にO先生のお葬式の話が聞けてよかった。

Mさんはワークショップの堤題者なので、先に店を出た。こっちは例によって、特別講演をさぼって無内容な会話をする。いまはまだしがらみが少なくて特別講演をさぼれるから、いまのうちにさぼっておくということで。

今回は四つのワークショップが平行して行われ、しかもすべての会場で知り合いが堤題者をやっているので、どこにいくか悩んだ。が、結局言語哲学のワークショップに行く。これはなかなか興味深かった。チョムスキーアンによる経験科学としての言語学のプログラムの解説。ただ、哲学の側の堤題者のMさん(↑とは別人。昨日会った方)の発表についてどう思うのか気になったので質問してみた。が、これが失敗。そもそも趣旨が理解されないし、言葉遣いが悪かったのか、Mさんからも「そうは言ってない」みたいなリアクション。仕方ないので引き下がると、I先生がまさに僕が聞きたかったことを聞いてくれる。すると、それでもなんだか話しが噛みあわない。後日(10/24)にI先生に聞いてみたところ、一般に、言語学者に哲学者が気にすることを理解してもらうのは難しくて、こうなりがちなんだそうだ。

できれば、二次会まで行って詳しく話を聞きたかったのだが、この日の最終便で大阪に帰ることになっていたので、終了前に会場を出る。札幌駅に着くとすごく混雑している。札幌とはこういうところなのかと思いきや、よく見ると空港行きが一切表示されていない。後で分かったが、ちょうとワークショップの終わり頃に時間に人身事故があり、空港行きは全線ストップしていたらしい。どうすべきかちょっと考えたが、もう時間がないので、飛行機に乗るのならもうタクシー以外に選択肢はない。乗るのを止めると後で書類関係がどうなるか分からない。またアメリカに戻ることを考えれば、自腹を切ることになっても予定通りに帰るべきだ。

ということで、生まれて初めてタクシーを止める。千歳まで、と言ったら運転手さんがびっくりしていた。あまりそういうことはないらしい。JRが止まってて、というと納得していた。恐る恐る料金を尋ねたところ、予想より高い金額を言われたが、払えない額ではなかったので腹をくくって寝る。結局、20分前に空港に着いた。

あとはつつがなく実家までたどりついたが、それにしても今回の札幌行きは初めから最後まで慌ただしかった。