On the Plurality of Worldsは大変だ

ここしばらく、K大学のMetaphysics勉強会でのレジュメ担当で忙しかった。担当箇所はOn the Plurality of Worldsからの抜粋。もはや知らない人はモグリだと言っても過言ではない、分析的形而上学の記念碑的作品。じっくり読む機会が得られてとても有益だった。

ただ、今日の箇所にはだいぶひっかかりやすいところがあった。というか、ぶっちゃけ誤植もあるので、これから読む人の助けになるようにここで記録しておく。
問題の箇所は、4.3節「Against Trans-World Individuals」のp. 214から始まる星付き言語(starred language)を定義しているところ。星付き言語というのは、「*-Humphrey」「*-win the presidency」のように、ふつうの名辞や述語に「*-」がついているもの。要は、貫世界的個体に対して用いられる表現として定義されている(詳細は原文を見てほしい)。つまり、「*-Humphrey」とか「*-is a man」とか「*-possible individual」とかが星無しのと並んでどしどし出てくるわけだ。特にp. 215では、「*-Humphrey」「*-is Humphrey」「*-are Humphrey」「*-Humphreys」なんてのまで出てくる(もちろん全部意味が違う)。ややこしいしことこのうえないし、誤植があっても当然だ。

次の二点を憶えておいてほしい:(1)「*-なんちゃら」はあくまで貫世界的個体に関する表現。(2)「*-なんちゃら」を含む文の真理評価は可能世界に相対化される*1。貫世界的個体というのは可能世界をまたいで拡がる特殊な個体だから、そいつが大統領選に勝ったり、誰かを蹴っ飛ばしたりするのは可能世界と相対的にしか言えないというのは当然だ。でも、ここをしっかり押さえておかないと、あっさり誤解してしまう。なんせ誤植があるから。

では、実際に誤植の箇所を挙げよう。まず、17行目から18行目にかけて。「many different possible individuals *-are Humphrey」とある。「*-are Humphrey」は星付きなのに「possible individuals」には星がない。ここで「*-are Humphreyは例外的に貫世界的でない個体にあてはまる述語なのかな」なんて思ってはいけない。上の(1)からすれば、星付き述語に組み合わされるのは星付き名辞じゃないとダメなんだ。だから、どこかに誤植(あるいはLewisのミス)があるはずだ。

ここで(2)を思い出してみよう。「*-are Humphrey」という述語があるんだから、この文は可能世界に相対化しないと真理値が決まらないはずだ。でも、「at W」みたいな相対化を示す語句は特にない。ということは、「*-are Humphrey」が間違いで、本当はこれは星無しのただの「are Humphrey」なんだろうか。いや、こんなのは文法ミスだ(それとも「Humphrey」は単複同型?)。実は4行目で、現実世界について語るときは「at W」を省略するよとLewisは書いている。だから、本当はこの文には「at the actual world」が省略されている*2。ということは、「possible individuals」に星がないのが誤りで、これは「*-possible individual」の誤植だったんだということが(ようやく)分かる。

もう一ヶ所はp. 217の3行目。「*-Humphrey might have won iff〜」とある。だがこれは、二行上で「*-might have won」という様相述語を定義したことからの帰結を述べているので、「*-Humphrey *-might have won iff〜」じゃないとおかしい。さっきの(1)を忘れてなければ、このことにもすぐに気がつくだろう。もちろん、ここでも「at the actual world」が省略されているのは言うまでもない*3

ところで、この直後の段落でLewisは、「ここまでずっと苦しんできた写植工は『星なんてとってしまえ!』と言うかもしれない」みたいなことを書いているが、本当に誤植があることまで予測してこれを書いていたのなら、脱帽するほかないなあ。

以上、もしこの本の翻訳が出るのなら訳す人は気を付けて下さい。というか、そもそもこの本の翻訳がまだ無いなんておかしいよね。

*1:実際、任意の述語Fについて「a *-possible individual *-F at W iff〜」というように定義される。

*2:実際、14行目に「a *-possible individual *-is Humphrey iff Humphrey is its stage at the actual world」とあるが、左側で「at the actual world」が省略されていると考えない限り、こんなことは言えない。

*3:ちなみに、この誤植はLouxのMetaphysics: Contemporary Readings (Routledge Contemporary Introductions to Philosophy)では修正されている。