逆向き因果

そのついでに買ったのが、ヒュー・プライスの『時間の矢の不思議とアルキメデスの目』*1。以前、有楽町の三省堂でちらっと眺めて以来、気になっていたが、これが当たり。まだしっかりとは読んでいないけれど、この本のもっとも重要な主張である「逆向き因果を認めれば、量子力学と相対論はスムーズに繋がる」は多分正しい。で、逆向き因果については:

  1. ほとんどすべての物理法則は時間対称的である。
  2. 時間非対称的な物理法則は見かけだけに過ぎない。

という、物理学者向けの擁護がされた後で:

  1. 因果的依存は反事実的依存の一種である。
  2. 逆向き因果を示す反事実条件文は時間の向きについて誤って解釈されている。

という、哲学者向けの擁護が行われている。

特に大事なのは二点目。時間t1は時間t2の前で、t1に生起した出来事をe1、t2に生起した出来事をt2とする。このとき、e2とe1のあいだに逆向きの因果関係があれば「e2が起きなければe1も起きなかっただろう」という反事実条件文は真である。が、そんな例はなかなか見つからない。「大黒のゴールがなければ日本は負けてただろう」(通常の因果)は明らかに真だが、「日本が負けていれば安英学のシュートは得点に結びついていただろう」や「大黒のゴールがなければ前半に玉田のゴールがあっただろう」はそうではない。

が、この「〜が起きなければ」は誤って解釈されがちである。正確には、通常の因果(e1が原因でe2が結果)の場合、「t1以前の歴史をe1が起きないように設定してもe2が起きただろう」としなければならない。よって、逆向き因果の場合は「t2以後(←ここ大事)の歴史をe2が起きないように設定してもe1が起きただろう」となる。これは「t2以前の歴史を〜」とは全く異なる。後者の場合、e1の生起は設定される歴史の中に含まれているので、その歴史が反事実的条件文全体の真理値を決定してしまうからだ。

こういうルイス流の因果性の分析を受け入れるなら、確かに逆向き因果を否定するのは簡単じゃない。と言うわけで、現在の僕はかなりB論者に近づいております(笑)。

他にもこの本には魅力が多い。例えば、冒頭の引用:「Time flies like an arrow; fruit flies like a banana.(マルクス)」ってありますが、このマルクスマルクス兄弟のことですか?(笑)。さらに、本文の書き出しが「科学はコメディーと同じで〜」。うむ、なかなか哲学書らしいつかみだ。

とは言え,この本、文献参照はないし、哲学用語の誤訳もあるし、微妙に読みにくいんだよなあ。で、物理学の話のところは普通に難しいし、誤訳があっても分からない(汗)。オリジナルも買うか。