単位取得退学のパラドックス

最近ずっとLewisの様相実在論について考えているんだけれど(おかげで本来の仕事がさっぱり進まない)、今日ようやく一段落着いた。嬉しいので最近見つけた小ネタを書くことにする(ちなみに様相実在論とは何の関係もない)。

まずは前置き(って前段落も前置きか)。もちろん「単位取得退学のパラドックス」なんてものは存在しない(ちゃんとgoogleで検索してみた・笑)。これから書くことは単位取得退学に関することで、ちょっと面白いので大げさにパラドックスと呼んでみただけ。
ここから本題。ここを読んでいる人なら誰でも知っていると思うが、大学院の博士課程には「単位取得退学」なるものがある(「満期退学」など別の言い方もされるが)。かくいう僕も経験者の一人。退学届を出すときにはさすがに感慨深いものがあったなあ。で、この「単位取得退学」、ふつうの退学とはちょっと違う。どう違うかは各自検索してもらいたいが、言ってみれば「准教授」ならぬ「准修了」。つまり、博士課程修了ではないが、修了と同等扱いされるケースあるってこと。特に、単位取得退学後の数年間(大学によって様々)は院生と同じ扱いで博士論文を提出できるので、退学後でも博士号を取る可能性があるかどうかが単なる退学との違いと言っていいだろう*1

ところが、単位取得退学後に博士号を取るとややこしいことになりますよ、というのが今日の話。

もちろん僕も単位得退学後、無事に博士号を取ったんだけれど、何がややこしくなったのかと言うと履歴書の学歴欄。一般的には、単位取得退学までふつうに書いて、次に博士号取得と書く(はず)。しかし、実はこれはおかしい。博士号が取れるのは博士課程を修了した人に限られるから(そうではない「論文博士」なるものもあるが後述)。つまり、博士号を取得したのなら学歴欄に博士課程修了と書かれていないと矛盾する(←ちょっとパラドックスっぽくなった)。

この「矛盾」を回避する方策は二つあることが知られている(というか実施されている)。

  • 方策A:単位取得退学後の数年間で取れるのは、上述の博士課程を修了したら貰える「課程博士」ではなく、博士論文だけを提出しても貰える「論文博士」とする。
  • 方策B:単位取得退学後に博士論文に提出することを認めない。ただし、退学の前日までなら提出可とする。

しかし、実はどっちにしても「矛盾」から完全には解放されない。

まず方策A。この方策は一般的に行われているように思う。というか、僕はどの大学もこの方策をとっていると思っていたんだけれど、よく考えるとこれではまずい。というのは、「論文博士」は将来的に廃止されるらしいから。「論文博士」が廃止されてしまえば、単位取得退学しても博士号は取れないことになる。つまり、一時的な措置にしかならない*2

次に方策B。ぱっと見ではこれで問題はないように見えるかもしれない。しかし、博士論文の審査には時間がかかる。だいたい年2回しかやってくれない。よって、退学前に博士論文を提出したけれど審査が終わったのは退学後だった、というケースが起こりうる。このときどうなるかというと、審査が終わると退学前にさかのぼって博士課程修了=博士号取得となる。すなわち、退学したあともしばらくは自分が博士課程を修了したのかどうか分からない、ということになってしまう。特に、この時期に履歴書を書くならば、学歴欄に「退学」と「博士課程修了見込み」の両方を書かないと正確ではない(それもへたすれば同じ日付で)。これこそ矛盾だろ!

さて、以上のことに気付いて自分の博士号の学位記を見てみた。すると驚いたことに、そこには「博士課程修了」とあり、しかも日付が僕の退学後、博士論文を提出した年度の年度末になっていた。つまり、僕の母校では方策AもBも取っていないということになる。

で、いろいろ調べた結果、母校は次の方策を取っていることが分かった。

  • 方策C:単位取得退学後に博士論文を提出し、それをもって博士課程を修了することができる。

当然ながら、退学後に修了できるといっても、退学がなかったことになるわけではない。だから履歴書にも、「単位取得退学」と書いた次の行に「修了」と書くのが正しい。退学後に修了って、矛盾じゃないのかなあ(また、履歴書のフォーマットによっては退学と修了の両方は書けないこともあるんだけれど、こういうときはどうすればいいんだろうか)。

さて、ここまでで、方策A~Cはすべて問題を抱えていることが示されたと思う。よって、もっとも良い方策は、もう単位取得退学しても課程博士は取れなくすることだと思われるかも知れない。もちろんそれで矛盾はなくなる。けれど、博士号が取れないのなら、単位取得退学とふつうの退学に違いがなくなってします。言わば、矛盾と同時に単位取得退学の存在意義も無くなってしまう*3

以上が「単位取得退学のパラドックス」の全容(より厳密には「博士課程を単位取得退学後に課程博士を取ると生じるパラドックス」かな)。で、このパラドックスに教訓があるとすれば、たとえば次のものがそうかもしれない。

  • 履歴書に正確な事実を書けないこともある。

まず、あなたの母校が方策Cを取ってる大学とする。正確に学歴を書いたらたぶん書き間違いと思われるだろう(なにしろ、学歴欄に博士課程の退学と修了が両方ともあるんだから)。母校が方策Bを取っている場合、博士論文の審査が終わる前に「博士課程修了見込み」と書いてしまうと、これも書き間違い扱いされるだろう(見込まれている日付が履歴書より過去になるから)。母校が方策Aでも安心してはいけない。論文博士と課程博士には厳密な区別がちゃんとある。だから、論文博士と書いてしまうと、本として出版されるような立派な博士論文を書いたと思われても仕方がない。

まあ、まともな人なら善意の解釈をしてくれるだろうから、多少奇妙なことが書いてあったって特に問題にはならないだろうけど(だから、ここまで書いたことは実は全部冗談だったりする)、僕と同じく単位取得退学後に博士号を取得した人は、自分がいったいどのケースに当てはまるのかを確認しておいたほうがいいかもしれない。どこで何があるか分からないからね。

*1:書いてて気付いたけど、要は海外で言うPhD candidacy(博士候補資格)を得たかどうかが違うって言えば簡単だったんだね。

*2:また、大学院は課程博士を取らせるところなので、論文博士をとらせても実績にならないとかいう問題もあるとかないとか。

*3:とまで言うのは言い過ぎか。でも、ただでさえ単位取得退学には法的裏付けがないんだから、この方策が一般化すれば、履歴書に単位取得退学とは書けなくなってしまうんじゃないだろうか。