Cian Dorr講演

しばらく体調を崩してたせいで更新が遅くなった。実は、その原因もこの日に遡る話だったりする。

ふだんの火曜日はNYUへKit Fineのセミナーを受けに行ってるが、この日ばかりはさぼらなくてはいけなかった。なにしろ、Cian DorrがRutgersで講演するから。講演の内容は量子力学絡みの、まあ彼らしいと言うか、Pitsらしいと言うか、あれなんだけれど、Dorrは6月の基礎論での発表で取り上げたし、今もそれに基づいた論文を書いているので、できれば直接いろいろ聞いてみたいと思っていた。彼の英語は結構分かりにくいんだが(この日記を参照)、結果的には、勇気を振り絞ってチャレンジした価値があった。
さて、講演。タイトルは「Rationality, Self-locating Belief and Many-Worlds Interpretation of Quantum Mechanics」。これだけでどんな話か予想のつく人はいまい。僕も簡単には説明できない(というか、そもそも十分に理解できていない)。とっても乱暴に説明すると、まず、量子力学の他世界解釈をとると、あるいみで自分はそれぞれの世界に「分裂」することになる。これが問題になるのは、自分の信念のもっともらしさをベイジアンみたいに考えるとき。「分裂」後の二人の自分が、ある出来事に関してまったく同じ認知的状態にあってもおかしくない。だから、その出来事に対する主観確率はどちらの自分にとっても同じはずだ。しかし、この「分裂」は世界の分岐によって引き起こされたのだから、実際にはその出来事が生じる確率は異なることがある。よって、もし「分裂」した自分がすべて同一人物だとすれば、合理的に信念を維持するのがとても難しいことになる。なぜなら、自分は気付いていないうちに「分裂」していたかもしれない、いや、むしろばんばん「分裂」しているはずなので、1分前にもっていた信念といまの信念だって同じ確率ではないと考えるべきだ、ということになるから(我ながら、意味不明な説明だ)。

まさにDorrらしく、HarmonyとかUniformityとかいうここだけの概念をばんばん形式的に定義していって話が進む。おかげで、ただでさえ聞きにくい彼の英語を聞いているだけでは話が全然分からない。しかも、彼は多少細かいことも一生懸命話す人なので、ハンドアウトに載ってないことも思い出したかのように詳しく説明する。そのせいで話がなかなか先に進まない。さらには、Tim Maudlinが途中で質問するという追い討ちを。結局半分ほど話しただけで時間が来て、最後は「1分くれ」とか言いつつ、10分ほど追加して自分の案を紹介して終わり。前もって黒板に書いてあったいくつかの図や例も一度も使うことなく終わってしまった(終わったあと、司会者のDean Zimmermanに謝っていたのがおかしかった)。

質問が集中したのは二点。ひとつは、Tim Maudlinがこのせいで問題が理解できないとひたすら言っていたこと。この問題は、時間が経っても主観確率が変わらないことがあるという直観に基づいている。Dorrはこの直観を形式化した上で論じるんだが、その定義で主観(=自分)が同一であることが使われている。でも、話はまさに自分が「分裂」していることについて。もちろんDorrが論じたいのは、「分裂」しているのに同一人物ということから生じる問題なので、ここを前もってクリアーすると何も問題にならない。Dorrは、これは提示の仕方の問題で、ちゃんと定義すれば問題ないといっていたけれど、結局Maudlinは、自分には理解できないとさじを投げてしまった。

もうひとつは、確率の計算の仕方。これはHilary GreavesとFrank Arnzeniusがしつこく聞いてた点。Dorrの例には自分が死ぬ可能性が含まれていたけれど、これを計算に入れるときにどういう重みづけがされるのか。自分が死んだあとも世界はばんばん分岐していくが、主観確率の計算にそれを含めるのは明らかにおかしい。

Dorrも言っていたように、多世界解釈を採用すると、よくある貫世界同一性の場合と多少違いもあるがよく似たことが生じるのはそうだと思う。ただ、それをどう折り合わせるかは、正直よく分からない。

さて、分からない話はこれくらいにしとこう。Rutgersの講演はセミナー室で行われるんだけれど、懇親会も同じ場所で、冷蔵庫に仕込まれてある食べ物と飲み物を並べるだけ。だから、だいたい講演者は、終わった直後もそのまま質問付けに会うことに。とりあえず僕もそばに移動して、Dorrに話しかけるチャンスをうかがう。しかし、誰かが常に話しかけているのでなかなかチャンスがない。だいたい、僕が聞きたいのは今日の話と関係ないし、ちょっと無茶かなあという気になってくる。でも、たぶんこんなチャンスはもう二度とない。根気強く粘っていると、たまたま僕の目の前で、Dorrがひとりになった。思いっきり緊張したが、「今日の話と違うことを聞いていいですか?」と話しかけてみる。話しているうちにだんだん英語がめちゃくちゃになっていったのと、やっぱりいまいち聞き取れなかったせいで、聞きたいことを全部聞けた訳ではなかったが、15分ほどじっくり話ができた。だいたい聞きたいことを聞けたかなという感じになってきて、ついでに自己紹介とかしてると、別のやつがDorrに話しかけてきたので、僕はそこで退散することにした。

哲学科の建物を出て気付いたのは、とっても背中が痛いこと。どうやら、自分より背が高い人とずっと話をし続けることに慣れていないらしい(Dorrの身長はDeanと同じぐらいで190ぐらい)。アパートまでの帰路は歩くのも苦痛だった。Dorrは思ってた以上に優しい人だったのでもうちょっと話をしたい気持ちもあったが、あそこで退散して正解。家に着いたら飯も食わずに(まあ懇親会でサンドイッチをつまんでたけど)寝てしまう。これが次の日のあだになることに。

しかし、この日記、長いな